(また、大きくなってる)

そっと下から包み込んだ乳房の重みに、ため息が漏れる。スポーツブラがぴんと張り詰めて窮屈そうにしていた。 世の中で胸が小さいことを気にする女性は数多い。 しかし、ヒーローという機敏な動きを求められる立場である自分にとって、大きな胸などは邪魔な重りでしかなかった。さらに自分は体が小さく、その分不自然に目立つ大きな乳房はコンプレックスの塊となっていた。
これ以上大きくなってほしくないのに。 憂鬱な気分で下着を頭の上まで引っ張り上げると、その瞬間脱衣所のドアが滑るように開いた。

「わ、っ……!」
「あ……、折紙先輩、これからシャワーですか」

入ってきたのは自分と同校卒の新人ヒーロー、バーナビーだった。 鮮烈なデビューを飾り、すでに市民の絶大な支持を得ているスーパールーキー。
一応経歴上は自分のほうが先輩に当たるので、彼女は僕のことを「折紙先輩」と呼ぶ。最初はむずがゆく感じて、よしてほしいと訴えてはみたのだが、彼女はその呼び方を改めるつもりはないようだったので、根負けして何も言わなくなってしまった。
そのバーナビーはこれからトレーニングを始めようとしていたようで、手には着替えを入れたビニールバッグを提げている。
しまった、ドアのロックを忘れていた。女同士とはいえ不意打ちで裸を見られるのは恥ずかしいものがあって、僕は思わず下着を胸の前に当ててしゃがみこんでしまった。

「み、見ました……?」
「何をです」
「何をって、あの」
「胸元のことでしたら、一瞬目に入りましたが」
「……ですよね……。」

すみません、と謝るバーナビー。自分の不注意が原因なのだから、たとえその言葉が口先だけのものでも彼女が謝る必要はない。
しかし、何も纏っていない上半身を、よりにもよってまだ面識の浅い後輩に見られるとは、しゃがみこんだまま床に埋まってしまいたい気分だ。そろそろと畳んで籠に入れておいたTシャツに手を伸ばした。 と、バーナビーが不思議そうな顔で軽く首を傾げる。

「あれ、シャワー浴びないんですか」
「……バーナビーさんが着替えてからにします」

この人の前で裸体を晒す気にはなれない。
他の誰であってもそうなのだが、なぜだかバーナビーに対しては特に強くそう思った。 低い背丈にちっとも筋肉のつかない細い手足、それらに似つかわしくない大きさの胸を、彼女には見られたくなかった。
けれども、バーナビーは整った顔に訝しげな色を浮かべて、何故です、と問いかけてくる。 何も言えずに脱衣所のさらさらした床を見つめていると、そこにバーナビーが自分と同じようにしゃがみこんだ。

「!」

ぎょっとして腰が引けた瞬間バランスを崩して、つま先が浮いた。 尻餅をつく前にとっさに床に手をつく。下着をにぎりしめて胸を隠していた手を。
あ、と思ったもののすでに遅く、両の乳房は遮るものもなくさらけ出されていた。 目の前の後輩は僕がそんなに驚くと思わなかったらしく、彼女もまた虚を突かれたように薄く唇を開いている。 ふたりとも何も言わないまま数秒経ち、彼女の視線がゆっくり僕の胸元に移る。はっとしてようやく片腕で胸を覆った。
かあ、と自分の顔が真っ赤になっていくのがわかる。耳まで熱くなっていき、このまま消えてしまえたらどんなにいいかと思った。

「折紙先輩」
「は、い」

不意に神妙な面持ちで彼女が僕を呼ぶ。上ずった声が出て、腕の下で心臓が一層鼓動を激しくした。 この状況で一体何を言うつもりなのか、想像する余裕はなかった。 続いた言葉は、

「その下着、合ってませんね」
「は……、い ?」

ぽかんと間抜けに口を開ける僕に彼女は、運動中はスポーツブラのほうがいいでしょうがあまり余裕がないと苦しいでしょう、だとか、先輩はまだまだ成長期でしょうからもっと大きくなるのを見越したサイズのほうがいいですよ、だとかそういったことをぺらぺらまくし立てた。
そして最後に、「一緒に下着買いに行きましょう」と締めくくった。

「サイズはちゃんと自分で把握してます?」
「いや、あの、測ったことなくて……」
「そうだと思いました」

フリーサイズイコール上限なし、じゃないんですからね。適正なサイズのものを身につけないと。とりあえずショップで測ってもらいましょう。そこまで一息で言い切ったバーナビーに何も言えず、口をぱくぱくすることしかできない。
裸を見られた羞恥も今はどこへやら、ただただ困惑が募るのみだ。
また黙りこんでしまった自分をみて、彼女は何を思ったのか、やわらかな笑顔でこう付け加えた。

「自分もそろそろ買い換えようと思っていたところですから、先輩の分もついでで買ってさしあげますよ」

にっこりと微笑んだままの彼女に、根本的にそういう問題ではないとは言い出せずに、 はあと曖昧な返事を返すくらいしか僕にはできなかった。



花園の初春

(いまだ芽吹きは遠い)