「おいレッド、起きろ」 夏も近づいてきて、だんだん羽毛布団では寝苦しくなってきたこの頃。レッドは柔らかい毛布が気に入ってたらしく、薄手の布の下で丸まった体がゆっくり上下している。 なぜ俺がレッドを起こしに来ているかというと、俺とこいつの親が懸賞が当たっただかなんだかで、泊りがけで出掛けているせいだ。姉ちゃんは姉ちゃんで家を空けているし、俺たち二人が残される形になった。そういうわけで、どちらかの家で二人で過ごせ、という話になったらしかった。 結局レッドが俺の家に泊まりに来て、夜遅くまでテレビを見たりゲームをしたりするうちに、いつの間にか二人とも寝てしまって。閉め忘れたカーテンの向こう側から差し込む光で目が覚めた。 隣で眠るレッドを起こすため、何度か体をゆすってみたが、何かむにゃむにゃと言っただけで起きる気配がない。髪をぐしゃぐしゃにしてみる。起きない。頬をつねってみる。顔をしかめた。 「いつまで寝てんだって」 顔を寄せると、急にレッドが口を開いたのでぎょっとした。寝言とは思い難いはっきりとした声で、奴はこう言った。 「グリーンがキスしてくれたら起きる」 こいつ、タヌキ寝入りしてやがったな!一発殴ってやりたい衝動に駆られたものの、何とかこらえてデコピン程度にとどめた。痛いよ、と不平の声が上がって、今度こそレッドは瞳を開けた。お前が馬鹿なこと言うからだ。一蹴して毛布を剥いだ。 「冷たいなあ」 「ふざけたこと言ってんじゃねーよ」 「いいじゃん、せっかく二人っきりなんだし」 おはようのキス、してほしいんだけどなあ。 体を起こし、布団の上に正座して物欲しげな目で俺を見るレッド。そんな顔したってやらねーってば!と突っぱねると、唇を少し尖らせてグリーンのケチ、などと文句を言う。誰がそんなこっぱずかしいことするか。二人っきり、という言葉に少しドキッとしたけれど、朝飯の用意をするため無視して階下に降りた。どうやら諦めたらしいレッドも、続いて階段をぺたぺた降りてくる。トーストとベーコンエッグとサラダでいいよな、と問うと、グリーンが作ってくれるならなんでもいい、と寝ぼけた返事が返ってきた。 「ジャムは苺かマーマレードがあるけど」 「じゃあ苺がいい」 朝食の皿が並んだテーブルに、ジャムの瓶をことん、と置くと、視界の端でレッドが笑ったのが見えた。なんでもない瞬間だったので、なんだよ、と疑問を口にする。にこにこしたままのレッドは、トーストにジャムを塗りながら歯を見せてもう一度笑った。 「こうしてると新婚さんみたいだなあって」 がたん。つんのめって椅子の脚に膝を強打した。 痛みに思わず座り込んで膝をさする。これはきっと青アザになるな……。恨みを込めて、原因の幼なじみをにらみつけた。 「……大丈夫?」 「ッお前が!変なこと言うからだろ!」 「えー、だって」 「さっきからなんなんだよ、まったく」 おはようのキスだの新婚さんだのなんだの。暑くなってきたからって頭でも沸いちまったのか。ぶつぶつと口の中で独り言のように吐き出すと、いつの間にやら目の前に同じように座り込んだレッドがいた。膝を覆う俺の手に自分のそれを重ねて、ごめんね、と謝りながら骨のラインをなぞる。それがくすぐったくて息を殺すように笑った。すると、レッドの顔がふにゃんと緩んだ。 「やっと笑った」 朝からグリーン怒ってばっかりなんだもん。そう言って、俺の手に重ねていた右手をそっと頬にあてがう。誰のせいだよ、とは思いながらも、俺より少しだけ大きな掌の温度が心地よくて、何も言わないでおいた。しばらく二人とも無言のままそうしていたが、トーストがかたくなってしまう、と適当な理由をつけて立ち上がった。 朝飯を食べ終わると、レッドは自分の家に戻ると言うので、並んで歯をみがいたあとに玄関まで見送った。靴のかかとを踏んだままのレッドに、ちゃんと履けと注意した。どうせ50mも離れてないよ、とは言うものの、素直にかかとを直すのを見届ける。 「それじゃ、またね」 「おう」 「……あ、」 「ん?」 ぐん、と襟首を掴まれ、バランスを崩しかける。視界が暗くなり、唇にあたたかいものが一瞬触れてすぐに離れていった。 茫然とする俺とは対照的に、いい笑顔のレッド。さっきはできなかったから、いってきますのキス、なんて。なにか罵声を浴びせてやりたかったけれど、口に出す前に颯爽と奴はドアの外へ駈け出していた。ひらひらと後ろ手に振る手が憎らしい。少し気の早い蝉の声が、立ち尽くした俺の耳に微かに聞こえていた。
ハニービー |