「ダイゴさんはずるいです」

いつものように石の手入れをしていると、後ろで手持ちにポロックを与えていたはずのルビーくんがひたとこちらを見据えていた。その名と同じ鉱石の色をした瞳に捉えられる。 視線を逸らそうとすればできたのかもしれないが、彼の目にはそれをさせない何かがあった。

「……いきなりどうしたの?」

よく本心を隠して会話をすることが多い僕だけれど、さすがにこればかりは素だった。
僕も彼ぐらいの年頃には社長である父の背中をみて、大人はずるいと思ったものだ。公私の区別ははっきりつける。子供が本気でぶつかっても、大人はそれをさらりとかわしてなだめすかす。言葉巧みに都合のいいように納得させてそれでおしまい。しかし、なぜルビーくんが僕のことを“ずるい”というのかがよくわからなかった。

社会に出て“大人”にはなったけれど、僕はこの少年を気に入っていて、彼の言動はまっすぐに受け止めている。大人と子供としてでなく、一人のトレーナーとして彼と対等な立場でありたいと思っている。彼が僕に対して、ずるいだとか、結局は子供扱いをされているだとか、そう感じることのないように接してきたつもりだった。
自分には目の前の少年がどんな思いを抱いているかなんて想像もつかない。できればそれが好意的なものであればと願っているだけ。

と、彼の目がすっと眇められた。
ああ、これは怒ってるときの表情だ。

「そうして、気づいてるくせに知らないふりするところがずるいって言ってるんです」
「え?え?知らないふりって、何を」

答えは返ってこない。静かに言葉を吐き出したルビーくんも、本気でわからない様子の僕に諦めてしまったようだった。今度は言葉の代わりにため息を洩らす。まだ十代前半の子供だというのに、仕草が妙に大人びていて複雑な気持ちになった。対等な立場で……ありたいんだけれど。彼は分不相応に落ち着いているから、普段はむしろ僕のほうが子供っぽく感じる。実際そうなんだろう。ちょっと悔しい。
狼狽している僕を一瞥したルビーくんが、またひとつため息をついた。

「もういいです」

それだけ言うとそっぽを向いて、元のようにポケモンたちにポロックを与え始めた。すっきりしない僕も、首を傾げながらもまた石を磨きだした。
と、急に後ろから顎を捕まれ無理に上を向かされる。首の骨が限界を感じてごきりと悲鳴を上げた。見上げた先には、陰って深みを増した紅玉の双眸。
ああ綺麗だな、なんてぼんやり思っていたらそのまま口付けられた。ただただ目を丸くするしかできない僕を彼は満足そうにみている。

「逃げられっぱなしじゃ悔しいので」

そうにっこりと笑ったルビーくんに、君の方こそずるい、とほんの少し毒づいた。
何も聞こえなかったかのように、小首を傾げるしぐさだけは子供らしくて、それがまた卑怯に思えるのだ。どうやらもう逃げだせないらしい、ということのみは理解できて、今度は僕が何度もため息をつく番だった。



ゲームスタート

(火蓋は切って落とされた)