あなたの孤独に触れたい。 確かにそう思った、のに。
するり、逃げていく背中を思い切り掴む。息は上がっていて、膝に片手をつかなければめまいで倒れそうだった。くらくら視界が回るような浮遊感と共に、焦燥が私を追い詰めにそこまできている。

「何でも一人で抱えないで下さい」

あなたはひとりぼっちなんかじゃないですか。もっと私のこと頼ってくださいよ、なんて、どんどん声がか細くなるのが悔しい。あなたの瞳に私は映っていない。
どうしようもなくもどかしくて、寂しくて、本当に頼りたいのは自分のほうなんだ、と薄ら気付いた。それを見透かすかのように、彼は驚くほど冷たい声で言う。
絶対零度が、私をこおらせる。

「君に何が出来るの」

ふいに掴んでいた左手を引き剥がして、こちらを向いた彼の顔は今にも泣き出しそうだった。
そんな顔で、無理に口角を上げるだけの笑みを作らないで。自分で自分を追い込んで、傷付けて、それでも生に縋る人間の愚かさを呪ったりしないで。 私に出来ることはないかもしれない。恐らく彼は、独りのままでも構わないと平気で私に言い放つだろう。けれど、それでも私はあなたのそばにいたい。些か傲慢な言い方ではあるが、私のために生きてほしい。

あなたの生きる理由になるのなら、私があなたが生きている世界を望んであげる。

彼の痩せた左手首を手にとって、唇を寄せた。傷だらけのそこは痛々しさを見せ付けていた。私はあなたのために全力で生きる、だからあなたも私といる瞬間を全力で生きてみせて。
そう言って幾筋もの傷をなでると、これだから君は苦手なんだ、と彼の目から何よりも透明な雫がひとつぶこぼれおちた。



愚かな賢者

(死ねないと嘆く前に、死ぬほど生きてみろ)


だれがこまどり殺したの”に若干繋がります