昼休みの教室。
ざわついた空気と、食べ物のにおいが五感を刺激して煩わしい。自他共に認める真面目で勤勉な生徒の僕は、持ってきたサンドイッチを早々に食べ終えて、次の授業の予習をしていた。最初のころは周りの雑音を気にしないようにしていたけれど、学年があがりクラスが替わってからというもの、どうにもこの教室はうるさい。
塾のように学力順にクラス分けされれば幾分かはマシなのだろうか、とどうにもならないことを考えてため息をついた。さすがにこれでは集中できるはずもないと思った僕は、鞄の底からイヤホンを取り出して普段よりも大きな音量で音楽を垂れ流すことに決め込んだ。

と、

「あーーーーっ!!コウキじゃん、終業式ぶりー」

洋楽のシャウトの隙間をつんざくように挟まった聞き慣れた声。どれだけ肺活量があればあんなに大声を出せるものだか知りたい……いや、別に知りたくはないか。何はともあれ、顔のすぐ横の廊下側の窓に目を向けると、やはりよく見知った声の主が僕を指差していた。一瞬すこし静かになった教室のあちこちから、僕と声の主に視線が集まっているのがわかる。彼が賑々しいのはいつものことだけど、後ろ頭に突き刺さる好奇の目が鬱陶しく、仕方なしに片耳だけイヤホンを外して抑えた声で言った。

「……ちょっとジュン、廊下でそんな大声出したら周りに迷惑だろ」
「別にいーじゃん。どうせみんなメシくいながらくっちゃべってるだけなんだからさ」
「そう、勉強してる僕の迷惑になるってことは考えもしないんだ」

まったく悪びれない様子で声の主――僕の幼なじみはからから笑った。本当に能天気なやつ。彼、ジュンとは家が隣で昔から長い付き合いだ。去年は同じクラスだったし朝もよく一緒に登校していたけれど、今年はクラスが離れた上に、ジュンが家を出るのが遅くなって、二年になって一週間ほどたってようやく顔を合わせることとなった。

会おうと思えば三十秒で会いにいけるはずの幼なじみをじろりと無言でにらむと、肩をすくめておーこわ、なんて言ったりした。誰のせいだよ、誰の。苛立ちのボルテージがマックスになった僕は、何か話しかけようとするジュンを無視して、再びイヤホンをつけノートに向き合った。が、すぐにジュンの手が伸びてきてそれを攫っていく。

「げっお前予習なんてしてんの!相変わらずくそ真面目だなー。
どうせ近い公立ってだけで選んだバカ高なのに」

しげしげと文字の羅列を眺めていたジュンは、顔をしかめてノートをうちわ代わりに扇ぎだした。 彼の言うとおり、予習なしでは授業についていけない、なんて決してありえない。周りのレベルに合わせていると、逆に二、三ヶ月前の内容の復習をしているような気分にさえなる。それでも僕が予習を欠かさないのは、せめてこの時間を確保することで、周りになじんでしまわないようにするためだった。教師からのウケもよくなるし。
その代償といってはなんだけれど、僕には同じサッカー部のごく一部とジュンぐらいしか、心を許せる友達とよべる相手がいなかった。ジュンとも部活の友達ともクラスが離れた今、暇をもてあました僕が休み時間にやることといったら勉強ぐらいしかなかった、というのもこの状況の原因かもしれない。
……なんてただの言い訳にしかならないよなあ、とわずかに落ち込んだ僕の心を見透かしたように、窓枠に上体を預けたジュンが口を開いた。

「お前さー、やることないから勉強してんの?
だったらオレのクラスくればいいじゃん。」
「面倒だよ。それにわざわざこっちがいかなくても、ジュンがくればいいじゃないか」

ついいつものくせで、ぶっきらぼうな返事になる。本当はジュンの言葉が嬉しいと感じてしまった自分がいて、だけどそれを認めてしまうのがなんとなく悔しかったので、憎たらしい言い方で返してしまった。廊下から声をかけてくれたことだって、声の大きさに気をつけてさえくれれば大歓迎なくらいだと思ってしまえるほどだった。それなのに。

平素はマシンガントークのはずのジュンの声がしばらく途切れて、にらみつけていた教科書から顔を上げる。半身より左側の教室内はとうに騒がしさを取り戻していて、僕とジュンの会話に興味を持っている者など、もう誰一人としていなかった。幸いだったと思う。 目をやった先のジュンはすこし顔を赤くして、か細くこういったからだ。

「――オレずっと、 ッ待ってたんだよ!……コウキがきてくれるの」
(え、それ、)

何か言おうとぱくぱく口を閉じたり開けたりする僕をほったらかしにして、ジュンは驚異の瞬発力でその場から離れていた。窓から身を乗り出して彼を探すと、廊下を猛ダッシュする後姿が見えた。ふいにジュンはこちらを振り返り目があったと思うと、先ほどのしおらしい態度はどこへやら、上下階まで響くような大声で叫んだのだった。


「コウキのばあぁぁか!!もう知らねー!」


そこかしこの教室から、僕と同じように廊下を見る生徒の横顔がのぞいた。再び僕に突き刺さる視線。女子の密かな笑い声。なんだよ、なんだよそれ。頭の中をぐるぐると一分前のジュンの映像がリピート再生される。くそ、もやもやする。まさかジュンにペースを乱されるなんて、僕じゃないみたいだ。笑いものにはされるし、予習はろくにできないし……、って、あれ。
なにか視覚的に違和感を感じ、はたと自分の机をみる。教科書、辞書、筆箱。何か足りない。

(……あいつ!)

椅子が倒れかけるほど勢いよく立ち上がり、これはノートを取り返すためだと心の中で自分に言い聞かせて、僕は絡みつく視線を振りほどくように教室を飛び出していた。



エゴイストの哲学

(なにかのきっかけはいつも君からだとおもうんだ)


なんかこんなノリで若干の続き物が書けたらなあと思っています
※後々出すつもりだけど補足説明……コウキが図書室で勉強しないわけ→司書の先生(ゴヨウさん)が苦手