「それでジュンがミツハニーの巣を落っことしちゃって、あの時は大変だったなぁ」

他愛のない話の中で隣の温度がすこし揺れた。
疑問に思って視線を向けると、常は緩く一文字に結ばれた口の端が綻んでいた。
ゲンさんは言ってしまえばあまり愛想のない人で、感情をあらわにすることはほとんどない。 そんな彼が、笑っていた。自分から積極的に喋る人ではないため、平素であれば近寄りがたい空気さえ醸し出しているのに、やわらかく弧を描いた唇はとても優しげで。

「ゲンさん今、」
「え?」

笑った、と素直に口に出すと彼は、私だって笑うさ、と今度は苦笑まじりに返した。表情によって人の印象はこんなにも変わるものなのだと知る。と同時に、帽子の下に隠された素顔が猛烈に気になり始めた。思えば、彼が帽子をとった姿を見たことがない。気になり始めると止まらなくなってどうしようもなかった。

「あの、帽子……とってくれませんか。」

一瞬静寂が流れて、彼が不思議そうに首を傾げる。

「帽子かい?どうして?」
「あなたの顔がみたいんです」
「私の顔なんか見ても面白くないよ」
「僕にとっては意味のあることなんです。僕も帽子とりますから」

ほら。まあ僕はとろうがとるまいがあんまり変わりませんけど。
眉を下げてそう言えば、なにがツボにはまったのかはよくわからないが、噴き出された。 確かに君は変わりないね、なんて笑いながら長い指が頭に伸びて、僕の視線から彼の顔を隠していたものは除けられた。

「これでいいのかい。」

そう言って、くしゃりと崩した顔を隔てるものはなく、薄暮の空の色をした瞳も捉えられた。僕が想像していた厳格さはそこにはなかった。ただ人懐っこそうに笑う青年がそこにいる。思わずどきりと胸が高鳴るほど端整な顔立ちの人だと思った。
胸が高鳴る?どうして、確かに綺麗な顔をしてはいるけど彼は男性だ。
これではまるで恋をしたような。
――いや、もしかしたら今まで気付いていなかっただけで、本当は僕は。

(ゲンさんが好きなのか、まさか。)

正面からまじまじ顔を眺める子供を、青年がきょとんとみている様は、他人からすれば妙な光景だったに違いない。けれど、ここにはそんなことを思う他人はいない。
整った顔が触れそうに近い。その唇に口付けたら彼はどんな表情をみせるだろう? まだまだ彼について知らないことが多すぎる。もっとゲンという人間を知りたい、暴いてみたい。

好奇心に火がつけば自分を止められないことを、僕はよく承知していた。



僕とあなたの
距離はゼロ

(そうして知ったのはあなたの唇の温度)


(以下ブログからそのまま)
まだ二人が知り合って間もない頃。でもコウキがやたらゲンさんに絡みに行くので割と喋ってはいる。 ゲンさんは長く人と会話をするのが久しぶりで、気恥ずかしくて帽子を深くかぶりあんまり顔をみせない。周りからは愛想なしと思われてるけど本当は笑うときは泣くまで笑うような人。一方のコウキはゲンさんの掴みどころのない雰囲気が気になる→知らないうちに微妙に恋心になってるけどはっきりとは自覚してないみたいな段階。