「あなたを抱いてもいいですか」

鏡のごとき水面にぽとん、と滴を落とすように、彼の言葉が静寂を裂いた。
穏やかな昼下がり。ごう、外で風が呻り、急ぎ足の春一番が駆け抜ける。どこからか入り込んだすきま風が、薄いカーテンを揺らした。同時に、頬杖をついて本に視線を注いでいたゲンが顔をあげる。数十秒前の子供の発言を聞き逃したわけではない。
が、曖昧に笑って疑問の意を示した。

「今のは冗談?それとも、」
「本気、です。」

言い終わる前に、真っ直ぐにこちらを見据えて力強く言い切る子供。子供は純真で嘘をつかない、それが私にとって受け入れがたいことであっても、それをありのままぶつけるだけだ。
一方の大人はずるい。正面から衝突することを恐れてそれとなくかわしてしまう。するり逃げるように。

「君の私に対する思いは幻想だよ」

否、かわした上で、対象が二度とこちらへ向かってこないようにするのだ。迎撃する言葉は冷たい鋭さをもって放たれる。お願いだからもう、そんな縋るような眼で見ないでくれと祈りながら。ああ、困惑させられているのは私のほうだというのに。

だがやっかいなことに、それでも屈しない頑強ささえも子供は持ち合わせていた。

「何が幻想ですか、幻想を抱くには分が悪すぎる相手でしょう」

また、その眼で。私をみる。
ああ、なんて狂おしいほど優しいアンチテーゼ、全てを否定してやりたかったのに、彼は何もかも受け止めてしまった。表面では参ったな、なんて困ったそぶり。
ある部分では、子供の意固地な態度を嬉しくさえ思う私がいるのも、ひとつの事実ではある。わずかなその一部に身を委ねてしまおうか。

いいよもう、抱かれてあげる。全部面倒になってしまったんだ。

言った途端嬉々として、押し倒し私の首筋を啄む子供の黒い髪をつまみながら、ゆっくりと怠惰に堕ちてゆく己を嘲笑った。まだ日は高い。



世界の終わりまで
私を攫って

(でもどうかお手柔らかに。愛されることには慣れてないんだ)


これはサポートコウキ。わかりにくいようなわかりやすいような主♂との違い。