こん、と硬質な響き。ほんの小さなその音さえ反響する、ここはとても静かだ。ランプの炎がたてるぱちぱち耳をくすぐる音と、二人の息づかい以外に目立った音はない。ひとつの影が傾いだ。

「あー、今日は調子が悪いみたいだ」

だらん、垂れ下がった腕からピッケルが滑り落ちた。
近くで一生懸命壁を掘っていたココドラが、主人の行動を真似て動きを止める。

「場所を変えてみますか?このあたりは掘り尽くしちゃったかも」

もう一人の青年が赤いヘルメットを外してこもった熱を払うように頭を振った。
メガネについた土を指で拭いながら息を吐く。シンオウの地下はなんといっても彼のテリトリーだ、化石や石が埋まっていそうなところはみれば大体わかる。だから彼はこの場から移動するかと問いかけている。ダイゴの”調子が悪い”という言葉を、自分なりに解釈して。
けれど、ホウエン地方の元チャンピオンは、恐縮そうに手の動きで応えた。

「あ、いや、そうじゃないんだ。」
「……どうかしたんですか?顔色悪いですよ。」

うん、と一呼吸おいて、彼はその場に座り込む。

「考え事してたら、そっちに気を取られちゃって」
「あなたが石を探すときに考え事だなんて珍しいですね。」
「あはは、そうかい?」

努めて普段通りに笑うダイゴの表情はそれでも心なしか力ない。
それに気付かなかった振りをして隣に座り込んだ。

「どうしたんです、一体。僕でよければ相談にのりますよ。」
「優しいね、ヒョウタくんは。」

こういうときあいつだったらなんていうかなあ、なんて言いかけて、しまったというように彼は口を噤んだ。なんだ、そういうこと。
つまるところ、彼は気にかかっているのだ、ホウエンでチャンピオンの座を譲り渡した友人のことが。後悔しているのかもしれない。頂点という輝かしくも圧力のかかる辛い役目を押し付けて、友人から恨まれてはいないかと思っているかもしれない。

下らない。だったら最初からそんなことしなければいいものを!
そう思いはしたけれど、彼の前では”優しい”人間でありたかった僕は口にしないことにした。

「やっぱりご友人のことが気になるんでしょう」
「べ、別にそんなんじゃない、けど」
「けど?」

続きを促したが、なかなか次の言葉は出てこない。
たっぷり間をあけて、ようやくダイゴは口を開いた。

「ヒョウタくんはさ、僕と一緒にいて辛くない?」
「…………はい?」

出てきた言葉はヒョウタにとって予想していなかったものであった。

「どういうことです、それ」
「つまりさ、僕は君をミクリやルビーくんの代わりにしてる」
「君の優しさに甘えて、彼らの面影を投影してるんだよ」
「そういうの嫌じゃない?自分を自分として扱われてないってことでしょう」

胸の内に詰まっていたわだかまりを吐き出すように、彼は一気に言い切った。これまでの様子で気付かなかった訳じゃない。けれど、それをまっすぐにぶつけられたことはなかったから少し拍子抜けしただけ。気付いてて、分かっててそばにいる僕の意図を、隣の人は理解していない。

「そんなことですか」
「そんなこと、って」
「ダイゴさんが僕のことも気に掛けてくれてるってことはよくわかりました。」

でもね。
あなた知らないでしょう。僕は僕でダイゴさんに別の誰かを重ねてることなんて。
そう言うと、彼は子供のように目を丸くした。その顔が何だかおかしくて。

「お互いにお互いが誰かの代わりってことですよ」

それでも構わないと感じられるようになったら、きっと恋をしてるんです。
にこりと笑って言うと、彼は泣きそうな吹き出しそうな、そんな顔をした。

ランプが照らす石の壁に、ふたつの影が重なっていた。



誰かの代わりでも
良かった

(あなたの瞳に映っているのはどこかの誰かさんじゃない、この僕だ)