「……我々の負けです、降参しましょう」

お疲れ様でした、と傷ついたポケモンたちを撫でてやる。
我々の野望―ロケット団の完全な復活―を阻止するため、戦いを挑んできた十代前半そこそこの少年は、圧倒的な強さをもって私を降伏させた。当然、悔しさと憤りがないわけではない。怒りがふつふつと腹の底で煮えているのを、確かに感じる。こんなところで邪魔が入るとは。
しかしこれは、どちらかといえば驚嘆に近いのかもしれなかった。真剣で真っ直ぐな眼差し。子供とはいえ、いや子供だからこそ。たった一人で我々に立ち向かったその勇気とひたむきさは、敬意に値するものだとさえ思った。

その勇敢な少年が、いぶかしげな面持ちで口を開いた。

「なんでそんなにおとなしいんだ?抵抗しないのか」
「完全に負かされてなお食い下がるほど、私は大人気なくありません。全力で戦って力及ばなかったのですから、せめて気高く潔く散るのが美徳です」

「我々はこれにて解散することとします」

浅く息を吐いて、ああ終わってしまったと少年に背を向け歩き出す。
短かったような長かったような、我々の組織復活への道のりは途絶えてしまったのだ。もうここにいる意味などない。少しだけ、ほんの少しだけ視界が滲みかけたそのときだった。


「待ってよ。」
(え  、)

右手に引き戻す力が加えられ、後ろによろける。思わず振り返ると、少年が私の手首をつかんでこちらを見据えていた。彼には何か不思議な力でも備わっているのだろうか。捕らえられた手を振りほどけない、捉えられた視線をそらせない。少し青みを帯びた濃灰色の瞳が私を射る。にわかに心拍数が上がるのが自分でわかった。

「なんだというのですか、もう用はないでしょう」
「あるよ。おれとポケギアの番号交換して」

「…………は?」

たっぷりの間を空けて口から出たのは、なんともまぬけな声だった。
いや、だって、仕方がない。目の前の少年が、何を思ってそんなことを言い出したのか、本当に理解できなかったのだ。 今度は私がいぶかしげな面持ちになる番だった。
無言で眉を寄せているばかりの私に、少年は小首をかしげて返事は、とでも言いたげな視線を投げかけてくる。ぱくぱくと口を開いたり閉じたりして数秒が過ぎたのち、痺れを切らしたのか、私の右手を彼は両手で握りこんだ。

「な、!何を、するんです、か」
「だってなんにも言わないから。どうなの、交換してくれるの?」
「交換するもなにも、私とお前は」

先ほどまで対峙していた敵同士でしょう。お前たちからすれば私は真っ先に倒すべき悪でしょう。それを、なぜこのように。
ぐるぐると疑問符が頭の中をめぐって、言いたいことが言葉にならない。少年は、そんなことお構いなしといった風に会話を繋いだ。握られている手に力がこもる。

「いいか。おれは”ロケット団幹部”と話をしてるわけじゃない。あんた個人に興味を持ってるだけ。ロケット団は解散したんだろ?なら何も問題ない」

なんという屁理屈だろう。ジョウト、ひいては全国の未来を守り抜いた少年が、敵として降伏させた相手に興味を持っているという。それも、組織の中枢である私に対してでなく、一人の人間としての私に。ますます理解できない。なんなんだ、彼は?
ぽかんとあいたままの口を閉じられずに、ただただ瞬きを数回繰り返した。そして、いつの間にか引き絞られていた彼の唇が、不敵に弧を描いているのに気づいたとき、やっと私は正気に返った。右手に熱が集中する気がして、慌てて握られたままだったそれを勢いよく振りほどいた。

「馬鹿なことを……!私にとってお前は憎むべき相手、馴れ合う理由などありません。もう二度と顔を合わせることもないでしょう」

そう言い残し、一目散に走り出す。視界の端にもう一度私を捉えようと伸びてきた手が映ったが、いま再び彼と目を合わせては、冷静さを取り繕える自信もない。
後ろも見ずにエレベーターに飛び乗り、閉じるボタンを連打した。静かな鈍い音を立てて、エレベーターがゆっくりと下りはじめる。ガラスに映った自分の顔が、心なしか火照って見えて頭を抱えた。

彼の言葉が反芻される。望んでもいないのに、何度も、何度も。

(勘弁、してくださいよ)

これからどこへ向かうべきかさっぱり当てもなかったが、せめてさまよううちに頭を冷やせたら、とぼんやり考えたまま、私はラジオ塔を後にした。



その手をとらせて

(これで終わりなんて許さない)


FRLGでのフラグからの組織再興に励むアポロさんも書きたいです