色付きの薄いレンズの向こう、ともすれば冷徹にも見える淡い紫の瞳が、文字の羅列を追ってゆっくりと上下している。 時たま疲れを感じるのか、眉間にしわを寄せては数度瞬きを繰り返し、浅く息を吐いてそっと本の頁をめくる。そんな様子がしばらく続き、今日はここまでと決めた分を読み終えたらしいゴヨウは丁寧に栞を挟んで本を閉じた。 「よ、やっと読み終わったか」 そう呼びかけると、神経質そうな男は大げさなほど驚いてあとずさった。こいつは一度本を読み出すと、きっと火事が起きても気付かないであろうほどに周りへの関心が無くなる。声を掛けても一切聞こえないようで、俺が四天王になって最初のころは無視されているのかと落ち込んだものだ。 そんなゴヨウの性質を知っているものだから、借りた本を返しにきただけの俺は小一時間こいつの顔を眺めて過ごすことになった。また別の本を読み始められたら困るし。 「……いつから居たんですか」 「結構前」 「声、掛ければよかったじゃないですか」 「どうせお前気付かないじゃん」 これ、借りてたやつ。一応目は通したけど俺にはちょっと難しすぎるかも、と育成論の本を持ち主に手渡す。あなたは理論よりも実践で理解するタイプでしょうからね。そう言ってゴヨウは口元を緩めた。 ふと、受け取った本をぱらぱらと流し見する彼の目が、一点で止まった。徐々に顔つきは険しくなり、手元の本と俺の顔を交互に見ながら、何か言いたげにわなわなと唇を震わした。 「? おいどうしたゴヨ、」 「これはなんですか」 「っと……、何だ?」 これはなんですかと聞いているんです。ずい、と俺の眼前に本の一頁を突きつけた。何って……、と言おうとした俺の目に映ったのは、汚い鉛筆の走り書き。それを見て、二日ほど前のことが脳裏をかすめた。 そうだ、デンジと出掛けの約束を電話でとりつけたとき、近くに紙が無かったので、悪いとは思いつつも開いていた頁に覚え書きをしてしまったのだった。あとで消すからいいか、などと安易な気持ちで、ゴヨウが命とポケモンの次に大切にしている本をメモ用紙代わりにしたのだ。 思い出した途端、つま先まで血の気が引いていく音がした。俺は自分で言うのもなんだが、言い訳は上手くないし、なによりゴヨウは言い逃れをひどく嫌う。変に機嫌をとるよりも、潔く謝ったほうがいいことも、付き合いの長い俺はわかっていた。 ぱん、手を合わせる音が静かな部屋の空気に響いた。顔の前で合わせた掌に額をつけて、ほんっとうにごめん!と声を絞り出す。反省してるから、殴るなりパシりにするなり好きにしてくれ、お前の気が済むようにしてほしい。そう拝み倒した。ゴヨウの怒った顔を見るのが怖くて、目はぎゅっとつぶったままで。 しばらく静寂が流れて、ゴヨウがあまりにも何も言わないのでどうするべきかと焦り始めた時だった。頭に衝撃を感じて思わず顔を上げた。ゴヨウが顔のすぐ横に本を掲げているのを見て、ああアレで殴られたんだ、と一拍遅れて理解する。しかし、本の背表紙が当たったと思しきところはすでに何も感じなくなっている。軽く小突かれた程度のようだった。 「全く、貴方って人は」 呆れたように眉を下げて、ゴヨウは笑った。「貴方って人は」、俺と話しているときのこいつの口癖。言葉とは裏腹に声音も表情も穏やかで、子供を諌める大人みたいだ、といつも思う。そしてこの言葉には「仕方が無いんですから」、と続くのだろう。なんだかんだ言ってゴヨウは優しい。だからついつい俺はそれに甘えてしまうのだ。 ゴヨウ、ごめんな。今度はちゃんと目をみて、へらりとだらしなく笑いながら俺はもう一度彼に謝った。
サニー ゴヨバの日なので(05/08) |