「デンジくんは、」

綺麗な人だね。
そう続いた言葉に、口にしていたアイスコーヒーを噴き出した。自分でいうのもなんだが、俺は確かに容姿はなかなか整っているほうだ。すれ違った女子たちがひそやかに黄色い声を上げることもしばしばだし、自意識過剰、なわけではないと思う。
しかし、しかしだ。今目の前にいるのは、まだ幼さの抜けきらない子供であって、そのうえ少年だ、男だ。大体なんだって?綺麗な人、と言ったか。それはあまり俺みたいな男を形容する言葉ではないのではないか。
と、ぐるぐる疑問符と感嘆符が連なって脳内を駆け巡っていると、言葉を失っていたのか、少年がデンジくん?、とひらひら手を振った。

「あー、いや、聞こえてたけども」
「なんだ、また目開けたまま寝ちゃったのかと思った」
「まさか」

冗談冗談、と悪戯めいた笑みを浮かべる子供。普段からこいつはよく嵐のようにやってきては俺のことを振り回すけれど、今日もまたいつもと同様だ。 まあ、それが迷惑だと感じない時点で、俺はどうにかしているのかもしれないが。

「で、なんで俺が、その、綺麗だって」

多少言葉に詰まりながら問いかけてみる。自分に対して投げかけられた褒め言葉を復唱するのはなかなか恥ずかしいものだ。少しの間少年は沈黙して、返事を探すように宙をみたかと思えば、ひたと俺の目を見据えてはまた逸らす、というような様子。何かを言いたいけれど、言い出せない。そんなそぶりだった。
なんだよ、気になるじゃないか。言葉を促すつもりでなめらかな頬に手を添えると、ぱっと信号が変わるように、白かったそれが紅潮して面白い。ようやく口を開いた少年は、俺と目が合わないようにしながらぽそぽそ呟いた。

「デンジくんの髪の色も、目の色も、きらきらまぶしくって。だから、綺麗だなって、そうおもった、だけ」

最後にはほとんど喉元を過ぎる程度の音の粒も、静かな空間では聞きこぼすことがなかった。 言い切ってから、一層顔を赤くして俺の手から逃れる子供。あ、と思う前に細い腕を掴む。途端、驚いて目を丸くするこの子が愛おしくて、立ち上がりかけたその腰を引き寄せた。

「俺はお前のその淡い色の髪も、くるくるよく動く橙色の瞳も綺麗だと思うよ」

ありったけの愛情をこめて、やさしく腕に力を込めれば、へなへなと少年の膝が床につく。俺の腕の中におさまりながら、デンジくんはかっこいいからそういうこというの反則だ、などと不平を垂らしている。
知ったことか、俺は自分に正直だから、好きなものはとことん愛でる主義だよ。ちょっぴり意地悪い声音で囁いた。 すると、少年は顔を突き合わせるように向き直って、

「わかってたけどデンジくんってさ、卑怯でタラシだよね」

と散々なことを言ってくれる。
真っ直ぐな瞳でそれを言われたものだから、かわいらしくて腹を立てることもできない。そうだよ、俺は卑怯でタラシだよ。だけど俺だって相手ぐらい選ぶさ。愛されている自覚があるにしてもないにしても、ちゃあんと俺のことわかってるじゃないか。こらえきれずにくく、と笑いを洩らすと、なんだってんだよー!といつものフレーズが飛んできた。ああ、はいはい。やっぱりそういうところがお前らしい。
不満げに尖らせた唇に、そっと自分のものを重ねて、瞬きの間に離れていく。お前はかわいいな、と付け加えるのも忘れない。こうすれば何も言えなくなるのを知っているからだ。

いつも振り回されているのはこちらのほうだから、多少のずこしいことぐらい許してくれたっていいだろう。無言で俺の胸を叩いて抵抗を示す様子が子供っぽくて、俺はもう一度笑って少年に口づけた。

(やっぱり俺は綺麗な人間なんかじゃないよなあ)



詐欺師の甘言

(騙されたっていい、と子供は手をとった)


最初と最後で立場が逆転してるのがデンジュンクオリティ
(考えなしに打ったせいです)