「こーら、いつまで起きてんだ」 ぽこん、と軽く頭を小突く。軽そうな音がした。クリーム色の柔らかい髪の毛がふわふわ揺れて、抗議したげな琥珀の瞳がこちらに向き直った。 ああほら、眠そうに瞼がゆっくり下がったり、はっとして上がったり。ゲームばっかりして遊ぶんじゃねえよ、子供はもう寝る時間だぞ。そう言って細い肩を揺すり、なんとかベッドまで歩かせようと試みる。しかし、もはや夢の世界へ片足を突っ込んでいるらしい少年は、言葉になっていない声を発して瞳を閉じてしまった。 せめてベッドにたどり着いてから寝ろよ、と幼さの抜けない柔らかい頬をつねってみるが、すでにもう俺の言葉は届かなさそうだ。仕方なしに、腕を掴んで引きずってみた。さすがに手荒で可哀そうになる。(俺は腕力のなさにかけては自信があるんだが)、と自虐のようなことすら思いつつ、背中と膝の下に手をまわして抱えあげた。 「……かるいな」 抱きかかえた体が思っていたよりも軽かったので、少し拍子抜けしたのと同時に心配になった。俺の腐れ縁のアフロが、ちょくちょく俺に「お前はもっと食って肉付けろ」と小言をかましてきたのを思い出す。 しなやかに伸びる四肢はどこまでも健康的で、掌に伝わる体温も、せっかちな子供らしい温かさだった。まだまだ成長過程ということが見受けられて、自分がいたいけな少年を手籠めにしているような罪悪感に襲われる。まあ、大方間違ってはいないのだけれども。 ゆっくりと、簡素だがやわらかいベッドに少年を横たえると、きし、とスプリングの軋む音がした。どうやら少年は、完全に夢の世界へ行ってしまったらしい。すうすうと規則正しい音に合わせて、薄い胸板が上下している。 (上ぐらいは脱がしてやるべきか) 前面のジッパーを下ろすジジ、という音がなぜか淫猥に聞こえて、罪の意識が加速する。欲情なんてしていない、こんな子供に。するわけないだろう、と半ば自分に言い聞かせるように頭を振った。手ごたえが消え、前面が完全に開いたので、戸惑いがちらつく手でそっと体温の移った布を引っ張った。なかなか腕が抜けないもので、少し乱暴に掴んでばんざいをさせる形で引きぬく。背中にしかれていた部分も抜け、ようやっと脱がすことに成功したところで、改めて少年を見つめ直してみる。普段マフラーと上着の襟で隠されている首筋は白くなめらかで、割れ物を扱うように触れるとぴく、とひくついた。 (まずい、これは完全に) (襲ってる構図だろ) 自己嫌悪に苛まれ、じくじくと良心が痛むが、穏やかな寝息を立てている少年のあどけない姿に、どうしようもなく情欲をあおられた。顔の真横に左手をついて、右手は頬に滑らせる。寝息が顔にかかりくすぐったいほどの近さ。 神様とこの子の両親に、二言三言詫びを入れてから、柔らかい唇に自分のそれを重ねた。形のよいそれはふっくらとした弾力で俺の唇を押し返してくる。あたたかくて、ふにふにしていて、気持ちいい。若さっていいもんだねえ。などとオッサンじみたことを考えながら、ちゅ、ちゅく、と薄紅色の肉をついばむと、規則的だった呼吸がだんだん乱れてきた。 うすく開いたその隙間から、先ほどより荒く漏れる吐息。それがさらに劣情を駆り立て、隙間をこじ開け舌をねじ込むと、びくびくと体が震えた。 ああ、どうやら起こしてしまったようだ。誤算のようで計算どおり、といったところだろうか。飛び起きる直前、背が弓のようにしなり鎖骨が浮く様がとても綺麗だ、とぼんやり思った。 「ッは、ぁ、デンジ、くん……?なに、して」 少年は小さく咳をして、肩を丸める。ほんのり赤くなった目じりに涙が浮かんでいた。潤む目元がまた煽情的で、自分の唇の唾液をぬぐった舌で、透明な雫をさらう。ぎゅう、とかたく閉ざされるまぶた。なにをされるのかわからず、ただただ流されるままの子供がいとおしい。 顔を首筋にうずめて、むき出しの素肌に吸いついた。音を立てて離れれば、陶磁のような白い肌にぽつり、不似合いな赤。キスマークとはこうして付けるものなのだということさえ、無垢な少年は知らないのではないだろうか。 「んっ、なに……くすぐったい、よ」 「くすぐったいか」 「うん、変な感じ」 体の奥がウズウズして、……とにかく変な感じ! 困惑の表情を浮かべる少年に、そのうち「気持ちいい」に変わる、と適当に答えていくつも赤い花を咲かせていく。どうせマフラーと襟で隠れるだろうと無責任な言い逃れをする、自分の救いようのない下衆加減に笑いだしそうになる。結局はただ欲望の赴くままに、こうして少年の体を貪っていることにかわりはない。 と急に、ねえ、と素の声で問われ、間近の顔を見上げた。 「デンジくんは、オレとえ、エッチしたいの?」 あまりにもストレートで、今自分がしようとしていたことを思い知らされる。続く言葉に、完全に俺は打ちのめされてしまった。 「デンジくんになら、オレ、いいよ。」 ひたと俺を射抜く視線。純真で、穢れを知らない子供の、めいっぱいの背伸び。どっと自責の念が押し寄せて、無視するつもりだった背徳感が再び芽吹きだした。こんなにも真っ直ぐに自分を受け止めようとする少年に、俺はなんて薄汚いことをしようとしていたんだろう。ずるり、体の力が抜けて、少年の肩に頭を預ける。デンジくんどうしたの、とあわてる声には、己の情けなさから、ごめんな、としか返せなかった。 「ん、まあ、そうしたかったけどな」 「やっぱ、お前がもっと大人になったときのために置いておくよ」 だから今は、しないことにする。そう言って背に腕を回すと、胸に押し返す力を感じた。見ると、少年は緩く俺を突き飛ばすような格好で、いじけたように頬を膨らませていた。 「なんだよ、それ。また子供扱いだ」 「オレ、さっきはちょっと怖かったけどさ。デンジくんがちゃんとオレのこと好きでこういうことするんだ、って嬉しかったんだ」 そりゃあ、デンジくんからすればまだまだ子供かもしんないけどさ、オレ、……覚悟なら出来てるよ。 こちらを見据える眼光は鋭く、頑として後に退くつもりのない様子だった。なにも言えず、少年を抱きしめたまま黙りこくっていると、しびれを切らしたのか向こうが行動を起こした。先ほど俺が奪った唇を、俺の首に押し当てる。ちゅう、とかわいらしい音がして、吸いつかれた場所がほんのり桜色に色づいた。 少年は誇らしげに胸を張って、これでおそろいだ、とにっこり笑った。 「オレ、デンジくんがその気になるまで待ってるから。」 その笑顔が本当に愛らしくて、しぼみかけた高まりが再び疼きだし、それならば今すぐ続きをしてやりたいと肩を抱き直すと、眠気が限界に達したのか、少年は再び眠りに落ちていた。 「……はあ」 (期待させといてこれかよ、) (まあ、でも、こいつらしい) 今はおやすみ。いつかくるそのときを楽しみにしているよ。 少年の体を寝かせて毛布を掛け、今度は一瞬触れる程度のキスを落とす。もう夜も遅い。電気を消してソファに横になり、俺もゆっくり目を閉じた。 おやすみベイビー (後日、首元の痕について方々から問い詰められたのは言うまでもない) |